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詩と小説
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 2月14日。セント・バレンタインデーである。砂夜にとっては友達とお菓子を食べ、クラスの男子にチョコをばら撒く日である。聖樹にとってはただの厄日である。
そして末っ子の夏希は困り果てていた。珍しく学校から真っ直ぐ帰宅し、自室にこもり、ベッドに腰を掛け、手に持った綺麗にラッピングされた箱を見つめている。生まれて初めてバレンタインに家族以外からのチョコを貰ったのだ。
朝、学校に付くと机の中から可愛いメモ用紙が一枚出てきた。“放課後に正門で待ってます”とだけ書かれていた。これを読んだ夏希は天にも昇る気持ちになった。「俺にも春が来た!!」そう思わずにはいられない。毎年、山のようにチョコを貰う聖樹や父を羨ましく思っていたのだ。だが、容姿は十人並みで口もうまくない彼にとって“モテ”は夢のまた夢であった。そんな夏希がバレンタインに呼び出されたのだ。しかし勘違いや思い上がりのように思われたくはないため、放課後になるまで平静を装っていた。勿論、内心は落ち着いてなどいられない。早く放課後になってほしいと願い、授業も頭に入ってこなかった。
 放課後になり、友人たちの誘いもすべて断った夏希は足早に正門へ向かった。下校時間のため多くの児童がいた。その中にいた女子が1人こちらに向かってくる。確か4年生の時に同じクラスだった子だ。彼女は夏希に「これ」とだけ言い、ピンクの箱を押しつけるように渡し、逃げるように去っていった。ロマンチックな雰囲気での告白を期待していた夏希は呆気にとられてしまい、どうしていいのか分からなくなった。
 そのまま帰宅し、今はどうするべきか悩んでいる。生まれて初めてのチョコに対する喜びはなかった。誰かに相談するべきだろうか。相談するなら誰がいいだろうか。友人は避けたい。両親は論外。そうなると残るは2人しかいない。
「砂夜ちゃんか聖樹か……。」
 砂夜は良くも悪くも大騒ぎするだろう。聖樹は適当に流すに決まっている。
「砂夜ちゃんにしよう。」
 砂夜なら騒ぎはするが真剣に相談に乗ってくれそうだ。少なくとも女心は分かっている。幸いなことにこの日は聖樹よりも先に砂夜が帰宅した。早速、チョコを貰ったこととどうするべきか聞くことにした。
 
「なっちゃんがチョコ貰ってくる日が来るなんて!!」
 なぜか砂夜は感動していた。
「据え膳食わぬは男の恥よ。チョコ食べて、早速返事しないとね。」
「いや、そうじゃなくてね。っていうか今すぐ返事しないといけないの?」
「本気の告白を1ヶ月も放置するの?待たされる女の気持も考えないと。」
「いや、どうしたらいいのか分かんなくて。」
「どうしたらって?」
「俺にも分かんないんだけど。」
 チョコは貰ったが告白されたわけではない。箱の中にはトリュフが入っていただけでカードの類は一切なかった。ただ、あの真っ赤な顔は「好きだ」と言っているようなものだった。過去に同じクラスだっただけの女の子。好きも嫌いもはっきりしない。その程度の存在だったのだ。
「今は好きじゃなくても実際に付き合うと分かんないよ。」
「付き合いたいとかそういうんじゃなくて。」
「断るんだったら言葉は選ぶこと。でも、どんな言い方しても傷つけちゃうから、そのへんは覚悟しとかないとねー。」
「で、俺はどうしたらいい?」
「そんなことは自分で考えなさい。」
 全体的にはぐらかされたようにも思えるような会話だった。砂夜が敢えて核心を避けているようにも思える。
結局のところ、砂夜に相談してもどうにもならなかった。いや、誰に相談してもどうにもならなかったに違いない。自分でもどうすればいいのか分からない。そんな感情の処理は自分でするしかない。
 
「で、僕にどうしろと?」
「別にどうってことはないけどさ。」
 砂夜にさらっと流された夏希は誰でもいいから話を聞いてほしくなった。そしてちょうどいいところに聖樹が帰ってきたのである。「自分で考えろ」と言われるのを覚悟で聖樹に相談してみることにしたが、厄日の聖樹は機嫌が悪い。だが臆することなく話を進める。
「聖樹はモテんだろ。女の扱いには慣れてるだろうし。今日だってでかい紙袋いっぱいにチョコ貰ったんだし。」
「人を遊び人みたいに言うなよ。」
「そんなこと言ってねぇよ。」
「そう聞こえた。まぁ僕は今は彼女を作る気はないから断ってるけど。どうしたいかなんて人に相談して結論がでるわけじゃない。それは夏希だってわかってるんだろ?」
 戸惑いながらも頷いた夏希に聖樹は満足そうに言った。
「話を聞いて貰いたいだけだったんだろ。まぁそれで多少はすっきりするかもな。すっきりしたら冷静になれる。それから考えたらいい。時間は多少はかかるかもな。砂夜が夏希の話を軽く流したのは冷静にさせるため。砂夜に話した時はまだ混乱してただろ?」
「まぁ、そうかも……。」
「あれでもお姉ちゃんだからな。」
「血は繋がってないけど。」
「それは言うなって。」
「でもさ……。」
「姉は姉だよ。」
 よく分からない理屈だ。ただ砂夜も聖樹も自分のことをよく見てる。それだけはよく理解できた。
「砂夜ちゃんが本気の告白を1ヶ月も放置するのは酷みたいなこと言ってた。」
「ホワイトデーに返事しないといけないなんて決まりはない。あれはお返しをする日なんだから。待たせるのは可哀想だから早い方がいいけど、焦りは禁物。」
 夏希が「分かった」と言った直後、タイミングを見計らったように砂夜が部屋に入ってきた。
「ねぇ、なっちゃん。お姉ちゃんからのバレンタインチョコ食べない?」
「あー……じゃ食べる。」
「じゃあリビングに行こうか。そうだ聖樹が貰ってきたチョコも一緒に食べよう。」
「父さんのも貰うんでしょ?」
「もちろん!!やっぱり社会人は凄いよね。義理でもブランドなんだもん。」
「お返しは大変だけどね。」
 溜め息をつきながら言った聖樹にとっては他人事ではない。そんな聖樹を羨ましいと思う気持ちはまだある。だが、チョコ1つで舞い上がり、そして困惑する自分はまだ子供なのだと思い知らされたようだった。
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 2月13日。砂夜は学校から帰宅するとすぐに私服に着替え、キッチンへ向かった。青いエプロンを付け、冷蔵庫から材料を取り出して調理を始めた。明日はバレンタインデー。友人にチョコレート菓子を配るためだ。料理全般が得意で日ごろからお菓子作りをしておいるため、レシピがなくてもそれなりのものが作れる。テンパリングをすると家じゅうに甘い香りが広がった。そんな時、玄関が開く音がした。帰って来たのは聖樹だった。彼はチョコの匂いに釣られたのか、キッチンへ顔を出した。
「何してんの?」
「見てわかんない?」
「あぁバレンタインね。」
 大量のチョコを見て、聖樹は溜め息混じりに言った。彼にとってバレンタインは厄日と言っても過言ではない。
「あんたは今年も大量に貰うんでしょ。」
「迷惑なことにね。」
 聖樹は顔が整っている分ファンが多い。毎年、クラス・学年問わず女の子にチョコを貰うのだ。しかも告白付きの場合もある。
「今年はホワイトデーが休みで助かったよ。」
「休みだったっけ?」
「3年だからね。テストは3月の初めだし、そのあとは卒業式まで休み。」
「そっかぁ。でも卒業式で催促されるかもね。」
「うわぁ……。まぁ逃げるけどね。」
「まぁひどい。」
 会話していても手は止めない。いつの間にか生チョコが出来ていた。
「あとは冷やして切ってラッピングするだけ。」
「他にも作るの?」
 テーブルには小麦粉や無塩バターや牛乳などもある。
「生チョコは仲の良い男子にばら撒くの。」
「ばら撒くって……。元も子もない言い方するなよ。」
「で、友達にはクッキー。生徒会の仲間にはマフィン。」
「二条先輩には?」
 二条と言う名前を聞いては動揺せずにはいられない。が、彼だけを特別扱いできるほどの勇気はない。
「隼人にもマフィンだけど。」
「そんな調子じゃ誰かに盗られるよ。」
「それは嫌だけどぉ……。でも今は今のままでいいの!!ぎくしゃくするのはもっと嫌だし。」
 砂夜の顔は真っ赤になっていた。二条を話題に出すたびに真っ赤になって俯く。姉の女の部分を見る度に聖樹は居た堪れなくなる。こういう場合は話題を変えるのが手っ取り早い。
「ちなみに夏希には?」
「なっちゃんにはね、ティラミス。」
「だからマスカルポーネなんてあるんだ。」
「ねぇ突っ立ってるだけなら手伝ってよ。」
「断る。」
「じゃあ着替えてきて。んでもって生クリームホイップして。」
「嫌だ。」
「ほら早く。制服汚したらお母さんうるさいから。」
 砂夜の有無を言わさない態度には従うしかない。着替えてそのまま自室にこもるのも手だが、そんなことをしたら後が怖い。仕方なくキッチンへ戻り、大人しく生クリームを泡立てることにした。ハンドミキサーがないため、泡立て器で地道に頑張るしかない。その間に砂夜はチョコチップクッキーを焼き、マフィンに取り掛かった。
「そう言えば、父さんには?夏希にはティラミスで、僕は要らないからいいけど。」
 そう言われて初めて父のことを思い出した砂夜は返事に困ってしまった。
「……お父さんも会社でたくさんもらってくるじゃない。」
「砂夜からのチョコ楽しみにしてるのに。」
「じゃあティラミスで。」
「夏希のおこぼれか……。」
「違うもん。ちゃんとお父さんのことも考えて作るから。」
「夏希のついでに?」
「まぁそうなるかもね……。」
「可哀想に。」
 そんな会話をしているうちに生クリームは良い感じにホイップされた。クッキーも焼きあがり、今はマフィンを焼いている。
「じゃ僕はこれで。」
 骨の折れる作業だったため、これ以上こき使われるのは御免だという風に逃げようとしたが、そうはさせてくれないのが砂夜だ。
「お母さんが今日は遅くなるらしいからご飯作っておくようにって。」
「で?」
「炊き込みご飯とかぼちゃのコロッケが食べたいなぁ。」
 笑顔で言う砂夜に聖樹は少々の恐怖を感じた。姉とは怖いものである。夕食を作る羽目になるとは……。溜め息しか出なかった。
 
 学校帰りに友達の家でゲームをしていた夏希が帰宅したのは7時前になってからである。毎日のように寄り道をしては毎日のように砂夜や母から小言を言われているがそんなことは気にしない。その後、両親が帰宅し、家族全員で食事を摂った後、更に聖樹は砂夜にこき使われた。ラッピングを手伝わされたのである。余ったお菓子を貰ったが、明日には学校で大量にチョコを貰うためさほど嬉しくはない。甘いものが苦手というわけではないが、多くは食べられない。彼にとってはバレンタイン当日だけでなく、前日も厄日なのである。
 
 12月22日は終業式だ。砂夜が在籍する草針学園高等部でも朝から終業式が行われ、明日から約2週間の冬休みに入る。だが、砂夜はそうではなかった。終業式の翌々日、砂夜はいつもよりやや遅い時間に起床し、学校に行く準備をしていた。冬休みは生徒会の活動はない。
「今回も補習にひっかかったのか」
長期休暇であろうと生活ペースを乱さない聖樹は暇を持て余している様子だった。夏希はまだ起きてこない。
「そう。数学と物理と英文法。」
「相変わらずだね。」
砂夜の補習は毎度のことである。聖樹もいちいち驚くことはしないが、若干は呆れ気味である。
「違うもん。古典と現社はセーフだったの。」
「そういう問題じゃない。」
「私以外にも結構いるしね。」
「そういう問題でもない。なんで物理なんて難しい科目選択したの?生物か地学にしとけば良かったのに。」
「…気分?」
「まぁ留年さえしなければ別にいいんだけど。」
「お姉ちゃんもやればできるんだから!!」
「やらないとできないんだろ。皆そう言うんだよな。言い訳としては3流。」
「あんたねぇ…!!」
「中学受験した時のやる気を少しは出したら?」
「勉強はその時に嫌ってほどやったからもういいの。高校・大学と受験なしで進学できるから草学選んだんだし。あんただってそうでしょ?」
「まぁそうだけどね。地獄見たし。でも僕は砂夜と違って危ない橋は渡らない。勉強が出来たほうが社会に出る時の選択肢は広いしね。」
「そう…。じゃそろそろ行くけど。あ、なっちゃん早めに起こしといてね。」
「昨日、遅くまでゲームしてたみたいだけど。」
「だからよ。まだ小学生なんだから。」
「気が向いたらね。行ってらっしゃい。」
「行ってきます…。」
 
 冬休みではあるが学校は賑やかだった。部活や同好会が活動しているため人が多い。砂夜と同じように補習を受けに来た生徒も少なくない。また、この時期は中等部の生徒や高等部受験を考えている外部の中学生やその保護者が見学に来ることも多い。
 教室にはすでに補習にひっかかった生徒のほとんどが集まっていた。朝一の数学は一番人数が多く、2年生全体で20名弱。補習に参加するメンバーは1年生のころからあまり変わり映えしない。他の科目の補習でもメンバーは固定化されつつある。数学に限って言えば、砂夜は1年生の夏休みから皆勤だ。
 砂夜は友達の相沢千紗を見つけ、彼女のとなりの席に座った。
「砂夜も数学は補習になると思ったの。」
「まぁ毎度のことだしね。私もちぃがいると思ってた。」
 千紗とは中等部の時に仲良くなったが、高等部に入ってからは同じクラスになったことはない。だが、今でも一緒に出かけたりする。
「砂夜は数学以外には何があるの?」
「物理と英文法。」
「今回は少ないんだね。私は英文法と化学と地理と古典と現社だったかな。」
「相変わらず凄いラインナップね。先生方が不憫になるくらい。」
「私だって大変なんだから。毎日、朝から夕方まで補習なんだもん。あ、現文も。」
「日本人なのに。」
「だって期末は近代文豪がメインだったんだもん。誰が何書いたかなんて覚えられないよ」
「まぁ私もちぃのこと言えないんだけどね。」
 砂夜も成績面では問題児に入るが上には上がいる。留年しなかったことを奇跡だと言う教師もいた。よくこの学校に入れたものだ。一貫制ということもあり、中等部入学後は勉強を全くしなくなる生徒も多く、砂夜と千紗はその最たる例であった。
 
 数学の補習の後、砂夜と千紗はそのまま一緒に英文法を受けた。物理は年明けに実施されるため、昼前に砂夜は帰れるのだ。だが千紗にはまだ古典と現代文と現社が待ち構えている。彼女は暗くなるまで帰れないのだ。今日はクリスマスイヴだが、そんなことは関係ない。この日最終の現社では、もうやる気の欠片も残っていなかった。現社は数学や英語に比べると人数が少なく、全体的にだれた雰囲気になってしまっている。
「やる気出せー。進級できなくてもいいのか。」
 現社担当の教師が鼓舞するがあまり効果はない。
「先生だってなクリスマスに補習なんて嫌なんだ。」
「俺たちだって嫌だよ。」
「だったら補習なんて受けずに済むように日頃から…。」
「でも、先生だってせっかくのイヴに予定ないんでしょ?」
「お前らのために予定あけてんだよ。」
「彼女いないんでしょ?」
「いないけど…。作ってる暇ないんだよ!!」
「言い訳は要らないから。」
「もー待ち合わせに遅れちゃう。」
「そこ!!デートと俺の補習をどっちが大切だ?」
「デート。自分に相手がいないからって僻まないでよ。」
「先生だって俺たちの補習がなかったら寂しくて侘しいイヴだったんだろ?じゃ俺たちに感謝しないとな。」
「お前らな…!」
「いいから早くしてよ。彼氏と別れたら先生のせいだからね。」
 千沙はちょっとは頑張った方がいいのかもしれないと思い、ため息をついた。
 
 肴倉家の最寄り駅のすぐ近くに大型ショッピングセンターがある。聖樹はそのショッピングセンターの書店にいた。学校帰りの寄り道だ。今日は彼が愛読しているミステリーの新刊の発売日だ。新刊コーナーで目当ての本を見つけ、レジへ持っていく。目的を果たしたら、もう用はなくそそくさと帰ろうとしたところ、後ろから声をかけられた。
「やっぱり聖樹くんだぁ。」
「え、あの…。」
 女の人だった。姉の砂夜と同じ制服を着てる。
「私、砂夜ちゃんの友達なんだけどね。」
「は、はぁ…。」
 どう答えていいのか分からなかった。砂夜の友達とは数人面識があった。だが、今目の前にいるのは全く知らない人だった。不信感しか生まれない。
「どこかで会いましたっけ?」
「覚えてないの?つれないなぁ。中等部の時にあったじゃないの。」
 聖樹と砂夜は中学から私立の草針学園に通っている。2歳離れているため、中等部と高等部ではそれぞれ1年間同じ学校に通うことになる。その間は校内で会うこともある。この人と中等部で会ったとすれば2年前になる。聖樹にとっては2年も前のことだ。
「覚えてないんですけど。」
「もう。まぁでもいいや。しっかし、聖樹くんも綺麗な顔してるよねぇ。こんな美少年がリアルにいるなんて嬉しい。砂夜ちゃんも美人だしね。羨ましいな。」
「あ、あのぉ…。」
 砂夜の友人らしき人物は聖樹の顔を至近距離でまじまじと見つめている。それもかなり興味深そうに、遠慮なく。聖樹は最初は状況が飲み込めなかったが、次第にイライラしてきた。とにかく早くこのわけが分からない人から解放されたい。
「なんなんですか!!」
 少し大きな声でそう言うと砂夜の友人らしき人物は驚いた様子で距離を取った。
「あぁごめんね。美少年が珍しくって、つい。」
「ついじゃありませんよ」
「次からは気をつけるからさ。そう言えば、私のこと知らないんだよね。藤沢果澄。よろしくね。」
 悪びれる様子もなく握手を求めてくる。質の悪い人だ。だが、どうすることもできず聖樹は右手を出し、応じた。藤沢果澄は「じゃあ、またね。」と言って書店の中へ入っていった。
 “また”なんてあってほしくない。あったとしてもよろしくなんてしない。そう思いながら帰路についた。
 
帰宅し、砂夜の帰りを待つ。砂夜の変な友人に会い、失礼なことをされたと訴えるためだ。今日買ったミステリーは砂夜に話を聞いてから読むことにした。愚痴れば少しはすっきりするかもしれない。
 
「藤井さん?友達ってわけじゃないけど。」
「砂夜の友達だって言ってたけど。」
「そう言ったら怪しまれないとでも思ったんじゃないの。」
「もしくは、向こうは砂夜のこと友達だと思ってるか」
「まぁなんでもいいけどね。中3の時に同じクラスで、確かなんかの授業で同じ班になったことはあるよ。高校に入ってからはクラス離れたしね。移動教室の時にでもすれ違ったんじゃないの?あんた目立つんだし。」
「いやいやいや…。」
「そう言えば、藤井さんって美少年が好きだって聞いたことあるなぁ。気に入られたんじゃないの。」
「え…。」
「良かったねぇ。」
「感慨深く言うなって。」
「いいじゃなの、年上。」
「違うって。」
「照れなくてもいいから。藤井さんに明日聞いてみるよ。」
「何を!?」
「まぁまぁ…。お姉ちゃんは応援してるから。」
 すっきりするところでなく、新たに頭を抱える事態となってしまった。一方の砂夜は弟のキューピッド役ができるかもしれないと嬉々としていた。
 
 翌日の昼休み、昼食を終えた砂夜は藤井の教室まで来ていた。
「昨日、うちの弟に会ったって聞いたんだけど。」
「聖樹君だよね。相変わらず綺麗な顔してるよね。砂夜ちゃんも美人だし羨ましい。」
「ありがとう。藤井さんが美少年好きって聞いたんだけど、うちの弟に興味でもあるの。」
「もちろん!!だってリアルでしかも手の届くところにあんな美少年がいるとは思ってなかったもの。そういえば聖樹君ってお付き合いしてる方はいるの?」
「彼女ならいないと思うよ。聞いたことないもん。」
「そう彼女いないんだぁ。ますますいいわねぇ。」
「藤井さんがその気なら応援するよ。」
「応援だなんで、そんなのいいよ。来年ここに入ってくるんでしょ。見てるだけで癒されるって言うか、妄想も広がるよね。」
「え、妄想?」
 テンションを挙げて言う藤井に砂夜は戸惑っていた。“妄想”という言葉を聞いて「まさか」と思いはじめたのだ。
「芸能人だと裏側が見えないからあんまり楽しくないのよね。2次元は無限の可能性があるんだけど。3次元の制限された世界で妄想するってのもありだと思うの。でも身近な人じゃやっぱりビジュアル的にしっくりくる人が少ないしね。イケメンとか言われても、男らしさが強いとイマイチなのよね。その点、聖樹君は女装とかも似合いそうな顔立ちで色白。背はまぁこれから伸びるんだろうけど、今のままでいてほしいかな。」
 暴走状態の藤井に砂夜はどう声をかけていいのか分からなくなっていた。腐女子の扱いには慣れていないせいだ。しかも自分の弟を恋愛対象として見ていないだけでなく、妄想の材料にしているとわかり、えもいわれぬ気持ちになった。これで困らない人間はおそらくいない。砂夜は途方に暮れだしていた。その間にも藤井の妄想トークは止まらない。いつの間にか自作小説の話になり、そしてイベントの話になっていた。
「今度のイベントでネットで知り合った大学生の人と会うの。趣味が合うから楽しみでね。本当は出展したかったんだけど12月はテストもあるし。」
「そ、そう…。」
 もはや適当に相槌を打つしかなかった。どうやってこの妄想トークを止めたらいいのかわからない。そして藤井の暴走は予鈴が鳴るまで続いた。
 
 午後の授業の間中、砂夜は悩んでいた。藤井が腐女子で、聖樹を妄想対象にしてることを本人に伝えていいものか。姉の自分でさえ困惑したのだ。本人ならおそらくもっと取り乱すはず。応援するとは言ったものの、聖樹は乗り気ではなかった。聖樹に興味はなかったとだけ伝えておこうか。
 
 10月の半ばを過ぎた頃。穏やかな土曜日の昼下がりに砂夜は自室の鏡の前で悩んでいた。持っている服をとっかえひっかえ体に合わせている。クローゼットは開けっ放しにし、足元には気に入らなかった洋服が散らかっている。新しい服を買いに行こうにもアルバイトもしていない高校生の彼女にはそのお金がないのだ。
 2時間ほど悩みに悩んだ砂夜は結局自分で選ぶことを止め、弟に助けを求めることにした。リビングには彼女の2人の弟がいた。中学生の聖樹と小学生の夏希だ。まだ小学生の夏季に相談したところで大した答えは返ってこないだろうと判断した砂夜は聖樹に話を持ちかけることにした。
「聖樹、ちょっと相談があるんだけど」
「嫌だね」
「話くらい聞いてよ」
「砂夜からの相談なんてろくなことじゃないに決まってる」
 聖樹は過去に砂夜から相談を持ちかけられたことが多いが、大抵は愚痴を聞かされるだけだ。適当に相槌を打つだけで聞き流していると「ちゃんと聞いてよ」と怒られることもあった。砂夜からの相談は彼にとっては拷問のようなものだ。
「今回は悩める乙女としての相談なの。服のことで」
「じゃあ同じように悩める乙女にでも相談しなよ。そうだ、もうすぐ母さん帰ってくるし」
「お母さんのセンスじゃちょっと」
 砂夜が渋るのは仕方ないことだった。砂夜だけではない。3人ともが母にコーディネートしてもらうのが嫌なのだ。自分のおしゃれをしたい砂夜も、思春期で母親を避けがちな聖樹だけでなく、まだ小学生の夏希でさえ母が買ってきた服は敬遠している。それほどおばちゃん丸出しなファッションセンスをしている。
 上の2人の言い合いが終わらないと判断したのか我関せずだった夏希が口を出してきた。
「砂夜ちゃん、どんな相談なの?聖樹もそれ聞いてから乗るか乗らないか決めたら」
「さっすがなっちゃん。誰かさんと違って優しい」
「なっちゃんって呼ぶなって」
「明日、生徒会の仲間と出かけるんだけど、何着て行こうかと思ってね」
「生徒会の?確か会長になったんだっけ?」
「そう。先輩は引退だし、1年生も入ったし、親睦を深めようと思ってね」
「砂夜が会長だなんてもう高等部は終わりだな」
「そんな言い方ないでしょ。ちょっと成績が悪いだけで」
 ちょっとどころではなく、砂夜はとにかく勉強が苦手だった。定期テストでは赤点を連発している。親が呼び出されたこともある。小学生の頃は塾でも上位に入るほどの成績で中学受験にも難なく成功したが、その反動なのか中等部以降の成績は散々なものだった。だが、素行は良く、また中高通じて生徒執行部の役員を務めており、成績面以外では特に問題視されていない。
「着ていく服なんてなんでもいいじゃん。デートならまだしも」
「まぁ、そうなんだけど」
「あぁ二条先輩もいるからか」
 二条とは砂夜と同学年の男子生徒で砂夜と同じく生徒会の役員を務めている。聖樹とも面識がある人物である。そして砂夜が淡い恋心を抱いている相手でもある。
「だから悩める乙女の相談なんだ。それだったら尚更僕に意見を求めるのが間違い。二条先輩が気に入りそうな女の子のファッションなんて知らないし。まぁそれなりに男受けするような格好でもしていけば」
 面倒になった聖樹は投げやりになり、二条なる人物が誰なのか分からない夏希はすでに戦線離脱だ。
「もういい。自分でどうにかする」
「ジーパンにTシャツはやめときなよ。色気のなさを強調するだけだから」
 最後に毒づいた聖樹を睨みつけ、砂夜は自室へ戻っていった。
「あんまり砂夜ちゃん怒らせるなよ」
「あっちが勝手に怒ってるんだって。女ってのは怖いよな。まったくもって理解できん。女に幻想なんて抱くなよ、なっちゃん」
「なっちゃん言うなって。みっちゃんって呼んでやろうか」
「どうぞ、お好きに」
 飄々と言った聖樹に夏希は何も言い返さなかった。
 
 自室へ戻った砂夜はまた悩んでいた。弟達に適当にあしらわれたことは彼女にとってはどうでもよかった。明日何を着ていくべきかが目下解決すべき問題である。2人っきりではなくとも、好きな相手と出かけるのだ。可愛く思われたいが無理をしているような格好はしたくない。二条と学校外で合うのはこれが初めてではない。毎回、こんな風に悩んでいるのだ。そして毎回悩みに悩んだ挙句、何がいいのか決まらず、寝不足のままそのへんにあった服を着ていた。今回はそんなことにはなりたくなかったのだ。
 疲れてきたのか、ため息をつき、床に散らばった服の中からワンピースをひとつ取り上げた。
「もうこれでいいか」
 砂夜が手にしたのはチェック柄のシャツワンピだ。茶系で季節にもあっている。黒のジャケットと編上げのブーツを合わせればそれなりに見えるはずだ。聖樹が言っていたようにデートではない。あまり気合いを入れすぎるのもどうかと思う。
 とりあえず、着ていく服は決まったものの他人の意見は聞いてみたい。そう思った砂夜はリビングにいた聖樹と夏希に「こんなんでどうかな」と聞いてみた。だが返ってきた言葉は2人とも「あーいいんじゃないの」だった。
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